箱に物を収めることは、物との心理的な距離を程よく保つこと。箱に収め、物の存在が意識から薄れてきた頃にあらためて箱を覗くと、物に対する見方は変化しそれまでには気づかなかった何かを発見する――。収納と整理、忘却と再発見がテーマの箱。
書類として一般的なA4用紙を収めても、天地左右にゆとりがある大きさ。A4という大きさ。学校で、社会で、あらゆる場所で使われ、絵を描き、文字を書き、長く慣れ親しんできた大きさ。A4という「フォーマット」は、物事を整理し考え、見出し、発想するのに適しているのではないだろうか。書類とそれに付随する素材も一緒に収納できる深さ。ある程度の物を収納できて手に余らない大きさは、まとめて置いておきたい雑多な物の収納や、プロジェクト単位の資料を纏めるのにも丁度良い。
箱の素材。木や革などの重厚な素材には憧れるが、もっと気負わずに使える手軽さが欲しい。金具や釦の専門店の棚にびっしりと並ぶ収納箱のような、丈夫な板紙の箱。表面に貼紙のない、芯材そのままの素材なら、使い込んで毛羽立つことはあっても、貼紙がめくれてしまうことはない。丈夫で長く付き合える風合いの良いもの。
もともと自宅で使っていた箱に硬質繊維ボード製のものがあった。強度があり、多少の形状変化にも応じてくれて軽量。パルプや古紙から作られるテクスチャーも良く、この素材で箱を作れないかと考えた。硬質繊維ボードは、多くの場合その耐久性やデザイン性を高めるために表面をコーティングするが、敢えてそれを施さず、基材そのものの色や風合いを活かすことにした。表面の僅かな凹凸や繊維のザラつき。耐水性や防汚性はコーティングされたものに敵わないが、風合いの変化を感じやすく、長く愛せる素材だ。
ボードを固定するリベットは、マットブラックの鍍金加工を施している。一般的な鍍金色と比べると、深みのある黒色が特徴で、僅かに生じる個体差が味わい深い。各面につき3個、身蓋合わせて24個のリベットでしっかりと固定されているので全体的にたわみにくい。
製作にあたっては、箱らしさである工業製品としての佇まいを重視したいと思っていた。数十年前までは当たり前に存在していた、人の痕跡が感じられる量産品。当時のものづくりを知り、今も様々な顧客の要望に応え続けている紙箱のプロフェッショナル・竹内紙器製作所に相談することにした。ボード素材の加工は前例がなく、調整は難しい部分もあったが、長きに渡って蓄積された経験と、そこから生まれる機転で工夫してもらった。工場には熟練と中堅、そして若手が在籍し、技術の蓄積と新しいアイディアの取り込みを絶え間なく続けている。そんな技術集団の力を借り、イメージしたアイディアを実際の形にできたことはとても誇らしい。
このプロジェクトでは、抜き加工と筋押しの加工を竹内紙器製作所が、組み立て加工をFROMEが担っている。
FROME が標榜する「ハンドクラフト」は、一般的に考えられている範囲よりも広く、半世紀くらい前には当たり前に存在していた人の痕跡を感じる工業製品も含まれる。バウハウスが開校した時代、工業製品は量産を前提としながらも手の痕跡が感じられ、それは近代的な手工芸とも捉えられると思う。人の存在、技術、仕事の跡。多くの人がこれまでに様々な体験を通じて会得したものの上に立ち、FROMEの関わった物が誰かの体験となって活かされることを願っている。
外寸:330×250×85mm
内寸:305×225×80mm